RESEARCH HIGHLIGHT

HIGHLIGHT: 地球温暖化停滞時におけるインド洋ダイポール現象の変化を復元

数年周期で,西インド洋では多雨・温暖化,東インド洋では乾燥・寒冷化することが知られており,この変化を引き起こす現象をインド洋ダイポール現象といいます。インド洋ダイポール現象は,数年周期で発生するインド洋での大気と海洋の相互作用で,発生するとインド洋周辺諸国で干ばつ,山火事,洪水などの重大な影響を及ぼします(図1)。

図1.インド洋ダイポール現象発生時の海水温偏差(偏差:平均値との差)と降水量偏差。赤い地域では平年よりも海水温が高く,降水量が少ないことを示す(★印は本研究の試料採取地)。

これまでに,インド洋の造礁性サンゴ記録を用いた研究で,20世紀の地球温暖化に伴ってインド洋ダイポールの発生頻度は増加し,西インド洋の多雨・温暖化,東インド洋の乾燥・寒冷化が激化していたことが明らかになっています。一方で,近年の気温・海水温観測では,1990年代後半から2015~2016年までの間に地球温暖化が停滞していたことが明らかになり,太平洋やインド洋など広い範囲で気温や降水量に影響を与えたことが示唆されています。地球温暖化の停滞現象は,インド洋ダイポール現象を停滞させていた可能性がありました。

そこで、北西インド洋のオマーン湾に生息する造礁性サンゴ群体から,長さ71cmの骨格柱状試料を採取し,2週間に相当する年輪ごとに区切って化学分析(酸素安定同位体比,Sr/Ca比) を行いました(図2)。サンゴの骨格には樹木のように年輪が刻まれており,過去の大気・海洋の環境変動が1週間〜1ヶ月間程度の細かい精度で記録されています。サンゴ骨格中の化学組成の変化からわかる海水温・塩分変動を基に,地球温暖化の停滞現象,北西インド洋オマーン湾の気候及びインド洋ダイポール現象の関係を調査しました。

図2.採取したサンゴの骨格柱状試料の軟X線画像。白線部位から粉末試料を採取し,化学分析に使用した。

造礁性サンゴ骨格の柱状試料には,過去26年間の海水温・塩分変動が記録されていました(図3)。この記録を検証した結果,1996年に海水温の平均値の減少(レジームシフト)と,1999年に塩分の平均値の減少が確認されました。この平均値の減少時期は,地球温暖化の開始時期に一致しており,この影響を受けたと考えられます。

図3.観測記録とサンゴ骨格の化学分析記録。
(a)全地球(全球)の表層気温。1999年までは気温は温暖化傾向にあるのに対し,1999年以降は
温暖化傾向は確認されない。
(b)サンゴ骨格のSr/Ca比から復元した海水温変動。サンゴ骨格は海水温の季節変動を正確に反映するため,Sr/Ca比の変動を参考にして,他の指標に日付をつけることができる。赤線は海水温変動がレジームシフトした時期を統計的に示すための指標(レジームシフト指数)を示す。
(c)サンゴ骨格の酸素同位体比及びSr/Ca比から計算した海水の酸素同位体比。海水の酸素同位体比は塩分のみの指標となる。赤線は塩分変動のレジームシフト指数を示す。
(d)インド洋ダイポール現象の指数。値が高い時にインド洋ダイポール現象が発生していたことを示す。
(e)東西インド洋の海水温変動。東西インド洋の海水温差からインド洋ダイポール現象の指数を算出する。

次に,地球温暖化の停滞前後において,インド洋ダイポール現象発生の有無による北西インド洋オマーン湾の海水温・塩分の季節変化の違いを検討しました(図4)。その結果,地球温暖化中はインド洋ダイポール現象が発生した年の夏よりも,発生していない年の夏の方が塩分・海水温が低いことがわかりました。これは地球温暖化の停滞時には確認されませんでした。また,1999年以前の地球温暖化時において,活発だったインド洋ダイポール現象の発生に合わせて,西インド洋の海水温が変化していました。この海水温の変化がインド洋モンスーン*4を介してオマーンへと伝わったと考えられます(図5)。

図4.地球温暖化傾向中及び地球温暖化停滞中のインド洋ダイポール現象発生年・翌年(赤線)とそれ以外の年(通常年:青線)の海水温(上図)と塩分(下図)の季節変動の平均を示す。地球温暖化中において,インド洋ダイポール現象発生年の方が通常年よりも海水温塩分変動が高く(青網部),地球温暖化の停滞中にはこれが確認されなくなる。
図5.地球温暖化の停滞がインド洋ダイポール現象とオマーン産サンゴ記録に与えるメカニズム。 い地域ほど海水温が高く,青い地域ほど低いことを示す。
上図:地球温暖化傾向中を示し,インド洋ダイポール現象の状態の変化に合わせて,西インド洋の海水温は変化していた。インド洋モンスーンも強弱を変化させていた。このため,インド洋ダイポール現象時のオマーンの夏の海水温・塩分は低下していた。
下図:地球温暖化の停滞中には,地球温暖化を停滞させた要因ある太平洋の大規模な大気海洋の相互作用(太平洋数十年規模振動)がインド洋-太平洋の赤道上の東西方向の風循環(ウォーカー循環)を介して伝わり,西インド洋の湧昇流が活発になったと考えられる。西インド洋で湧昇流が活発になった結果,インド洋ダイポール現象の状態にかかわらず西インド洋の海水温は低下していた。この結果,インド洋モンスーンは恒常的に強くなったためにオマーンの夏の海水温・塩分はインド洋ダイポール現象の状態にかかわらず低かった。

一方で,地球温暖化停滞時は,インド洋ダイポール現象の発生の有無にかかわらず,インド洋モンスーンは強い状態を維持しており,西インド洋の海水温は低かったと考えられます。このことから,地球温暖化の停滞時に,西インド洋の海水温がインド洋ダイポール現象と独立して変動し,低下していたことが明らかになりました。

近年では地球温暖化の停滞が終わり,再び温暖化傾向にあると考えられています。過去の表層気温が異なる時代に本研究を応用することで,インド洋の気候変動メカニズムへの理解が深まることが期待されます。

本研究の成果は、以下の学術誌に掲載されました。

Watanabe, T.K., Watanabe, T., Yamazaki, A., Pfeiffer, M., Claereboudt, M. R. (2019) Oman coral δ18O seawater record suggests that Western Indian Ocean upwelling uncouples from the Indian Ocean Dipole during the global-warming hiatus, Scientific Reports, 9, 1887.

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HIGHLIGHT: 20世紀の黒潮流量の長期復元に世界で初めて成功

概要:世界最大級の海流である黒潮は熱帯から温帯へと大量の熱を運び,北太平洋の気候へ大きな影響を与えてきました。また黒潮は日本の太平洋沿岸を流れ,その流量の変動は漁業にも影響すると考えられています。本研究では,黒潮が流れ込む高知県土佐清水市竜串湾に生息する北限域の造礁サンゴの骨格から,過去150年間の黒潮流量の変化を復元しました。その結果,20世紀を通じて黒潮流量は変動幅が小さくなっており,流量が増大・安定している傾向にあることを示しました。また,流量の変動は北太平洋の気候変動であるエルニーニョ・南方振動(ENSO)と太平洋十年規模振動(PDO)の両者の影響を受けて変化していることを発見しました。


 世界最大級の海流である黒潮は熱帯から温帯へと大量の熱を運び,北太平洋及び全球的な気候変動に大きな影響を与えてきたと考えられています。また黒潮は多くの海洋生物をのせて日本の太平洋沿岸を流れており,その流量の変動は日本の漁業にも影響すると考えられています。日本ではその重要性から,黒潮流量の観測が1970年から行われてきましたが,これまで長期記録がなかったため,黒潮流量と温暖化そして気候変動がどのように関係するのかは明らかになっていませんでした。本研究では,造礁サンゴの骨格記録から黒潮流量の変動を過去150年間にわたって解析し,北太平洋の代表的な気候変動であるエルニーニョ・南方振動(ENSO)※1及び太平洋十年規模振動(PDO)※2の変化と比較しました。
 造礁サンゴの骨格には樹木のように年輪が刻まれ,過去の大気/海洋の環境変動が数週間という高時間解像度で記録されています。研究グループは,高知県土佐清水市竜串湾に生息する直径約1.5mの造礁サンゴ群体の骨格コアを採取し,年輪の成長報告に沿って化学分析を行いました。黒潮が流れる日本沿岸は乱流が発生し,硝酸塩が豊富な中深層の海水を表層へ巻き上げます。その硝酸塩の窒素同位体比組成の変化を表層に棲むサンゴ骨格から抽出し,その変動を調べたところ,観測されてきた黒潮流量の変動と良い相関関係にあることを発見しました。そこで,同じサンゴ骨格コアの窒素同位体比変動を過去150年に遡って分析し,黒潮流量の変動を復元しました。
 本研究ではこれまで約40年間観測されてきた黒潮流量の変動記録をサンゴ骨格の化学組成を解析することにより大幅に延長し,北太平洋の長周期気候変動との関係を初めて明らかにしました。黒潮流量の変動には,150年間を通じて過去4回,大幅に減少する現象が見られました。このタイミングはアリューシャン低気圧の減少期と一致していました。さらに,黒潮流量の変動幅が150年間で小さくなっており,流量が増大した状態で安定傾向にあることを示しました。また,黒潮流量の増減はENSO及びPDOに影響されている可能性を示しました。20世紀初頭,黒潮流量はラニーニャの発生時に増大しており,貿易風の強弱により変動していました。しかし,1920年代以降はPDO指数と良い相関関係にあり,PDOが正モードの時に増大している傾向が見られました。これは熱帯太平洋東岸の水温が上昇する時に北赤道海流が北上することにより,北西太平洋の台湾以北で黒潮流量が増大するという先行研究の報告と一致していました。また1960年代以降は,PDOの正モードとエルニーニョが発生した時に黒潮流量が増大していることを示しました。
 本研究の成果は,温暖化が進んできた20世紀の黒潮の挙動を初めて直接的に示したものです。今後,本研究の成果は,北太平洋の大気海洋相互作用及び気候変動のメカニズムを理解する上で重要な知見になると思われます。

図1(左)サンゴ骨格コアの軟X線画像。白黒のバンドは,季節による骨格密度の違いによるもの。1年に1本形成される。(右)サンゴ骨格コアの酸素同位体比組成の変化。水温の季節変動を示し,週~月単位でサンゴ骨格に過去の海洋環境が記録されている。

図2 サンゴ骨格の窒素同位体比の変動とENSO,PDO指数の比較
(A)1859年から2008年までのサンゴ骨格コアの窒素同位体比変動。
(B)サンゴ骨格コアの窒素同位体比変動から過去150年間の平均値を引いたグラフ。黒潮流量の増減を示している。
(C)サンゴ骨格コアの窒素同位体比と太平洋熱帯域に定められたエルニーニョ監視海域(NINO3.4)の水温の同調性を示した図。 
1900年代初期のラニーニャ時に黒潮流量が増大し,1960年代以降エルニーニョ時に黒潮流量が増大したことを示す。
(D)サンゴ骨格コアの窒素同位体比とPDO指数の同調性を示した図。
1920年代以降PDOが正のモードの時に黒潮流量が増大していることを示す。

図 3 黒潮流量が増大した時の気候変動パターンの模式図
1900年代~1920年代:ラニーニャの時に北赤道海流が強化され,黒潮流量が増大。
1923年~1943年:PDOが正モードの時に,アリューシャン低気圧の強化及び北赤道海流の北上により黒潮流量が増大。
1976年~1999年:PDOが正モードの時に黒潮流量が増大するとともに,エルニーニョの発生と同じ周期で黒潮流量が増大。

[用語解説] 
※1 エルニーニョ・南方振動(El Niño-Southern Oscillation;ENSO) 赤道付近の太平洋の東西において大気では海面の気圧が,海洋では水温や海流が,シーソーのように変化する現象。エルニーニョ時には貿易風が弱まり,太平洋西部の暖水塊が東進してペルー沖に達する。ラニーニャの期間には,暖水塊が存在するために西太平洋の海水温は常に高く,降水は量と変動ともに大きい。観測記録がある間では3~7年の周期で起きている。現在では,海洋では太平洋の赤道付近にブイや衛星によるエルニーニョ時の水温異常を監視する海域(太平洋西部の海域;NINO.4海域,太平洋東部の海域;NINO.3海域)が設置されている。また,大気においては南太平洋のタヒチとオーストラリアのダーウィンの気圧の差(南方振動指数;Southern Oscillation Index;SOI)がENSOの指標とされている。 
※2 太平洋十年規模振動(Pacific Decadal Oscillation) 北太平洋の海水温にみられる十年~数十年規模の変動。北太平洋中央部で海水温が低い時には東太平洋沿岸において海水温が高くなり(正モード),十年~数十年規模でシーソーのように変化する。北太平洋の鮭の漁獲量の変動により発見された。この気候変動パターンは大気,海洋を通じて太平洋沿岸の天候へ伝搬すると考えられている。

本研究の成果は、学術誌 Paleocenography に掲載されました。

Yamazaki, A., Watanabe, T., Tsunogai, U., Iwase, F., Yamano, H. (2016) A 150-year variation of the Kuroshio transport inferred from coral nitrogen isotope signature, Paleooceanography,31, doi:10.1002/2015PA002880  

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HIGHLIGHT: 貧栄養海域でサンゴ礁が形成される謎 ーサンゴ骨格を用いた栄養塩起源の推定法ー

熱帯・亜熱帯の海は全海洋の60%以上を占めますが、生物生産に不可欠な栄養塩(生物の生育に必要な元素—窒素、リン、ケイ素)が少なく、栄養塩の観測に困難が伴います。しかし、熱帯・亜熱帯域に分布するサンゴ礁は貧栄養海域にありながら、豊かな生態系を育んでいます(参考図1)。本研究では栄養塩が少ない中で、サンゴをはじめとするサンゴ礁の生物が取り入れる栄養塩がどこから来ているのか、サンゴ骨格の化学分析から明らかにしようと試みました。

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参考図1:サンゴ礁の分布(緑色)と海洋表層の硝酸濃度の分布。サンゴ礁は硝酸濃度が低い(白い部分)に分布している。

本研究ではサンゴ骨格に微量に含まれる有機物の窒素同位体比に着目し、その測定法を開発しました。主要な栄養塩の一つである窒素の化合物はそれぞれ固有の窒素同位体比組成を持っているため、サンゴ骨格の窒素の起源物質が特定できれば、その起源物質の窒素同位体比の変動をサンゴ骨格から読み取れると考えました。そこで、石垣島の白保サンゴ礁轟川河口においてサンゴの主な窒素起源物質と考えられている海水中の硝酸とサンゴ骨格の窒素同位体比の分布を比較した結果、両者の分布が一致しました(参考図2)。

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 参考図2:石垣島白保サンゴ礁・轟川河口の海水硝酸とサンゴ骨格の窒素同位体比分布
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この結果は、過去に形成されたサンゴ骨格の化学分析から、海水中に含まれる硝酸の起源を調べることが可能であることを示唆します。そして、日本最南端の沖ノ鳥島のサンゴ骨格を用いて、窒素同位体比の季節変動を調べました。沖ノ鳥島は外洋の孤島であり、陸からの栄養塩供給がないため、サンゴはとても貧栄養の状態で生息していると考えられます。本研究で沖ノ鳥島サンゴの窒素同位体比を測定した結果、低水温の時に窒素同位体比が高くなり、高水温の時に窒素同位体比が低くなる傾向が見られました。沖ノ鳥島では低水温のときに、海水の混合が起き、栄養塩が豊富な海洋深層から表層へ、窒素同位体比の高い硝酸が運ばれていることが分かりました。また、沖ノ鳥島を通過する台風が海水を撹拌し、栄養塩が湧昇する可能性も示しました(参考図3)。そして、高水温(貧栄養状態)のときには、海洋表層で窒素固定が活発化し、表層の硝酸の窒素同位体比は低くなることが分かりました。本研究の成果から沖ノ鳥島のサンゴ礁では栄養塩が少ない状態でも生物生産が可能なシステムが存在することが分かりました。

参考図3:石垣島白保サンゴ礁・轟川河口の海水硝酸とサンゴ骨格の窒素同位体比分布

造礁性サンゴの群体は数百年間もの間、生息環境を骨格に記録しています。本研究の成果により、栄養塩の観測記録が少ない海域、時代の情報が得られることが期待されます。海洋表層の栄養塩濃度は生物生産をコントロールし、大気中の二酸化炭素の濃度に大きく影響します。海洋における栄養塩濃度の推移と気候変動との関係をサンゴ骨格記録から明らかにできる可能性があります。また近年、人為起源の栄養塩負荷によるサンゴ礁の衰退が懸念されています。サンゴ骨格の窒素同位体比から、サンゴ礁を汚染する物質の起源を特定することにより、サンゴ礁汚染対策の手助けになると考えています。

本研究の成果は、以下の学術誌に掲載されました。
Yamazaki, A., T. Watanabe, and U. Tsunogai (2011) Nitrogen isotopes of organic nitrogen in reef coral skeletons as a proxy of tropical nutrient dynamics, Geophys. Res. Lett., 38, L19605, doi:10.1029/2011GL049053.
Yamazaki, A., T. Watanabe, N. Ogawa, N. Ohkouchi, K. Shirai, M. Toratani, and M. Uematsu (2011) Seasonal variations in the nitrogen isotope composition of Okinotori coral in the tropical Western Pacific: A new proxy for marine nitrate dynamics, J. Geophys. Res., 116, G04005, doi:10.1029/2011JG001697.