Research

RESEARCH HIGHLIGHT

RESEARCH:地球温暖化によってアラビア海の湧昇流が弱まっている

Watanabe, T. K., T. Watanabe, M. Pfeiffer, H.M. Hu, C.C. Shen, A. Yamazaki (2021) Corals Reveal an Unprecedented Decrease of Arabian Sea Upwelling During the Current Warming Era, Geophysical Research Letters, Volume 48 (10), e2021GL092432, https://doi.org/10.1029/2021GL092432

概要                    

北海道大学大学院理学研究院及び喜界島サンゴ礁科学研究所,総合地球環境学研究所の渡邊 剛講師,九州大学大学院理学研究院及び喜界島サンゴ礁科学研究所の山崎敦子助教,北海道大学大学院理学院博士後期課程の渡邉貴昭ら(執筆当時)の研究グループは,過去1,000年間と比べて現在のアラビア海の湧昇流が弱まっていることを発見しました。 インド洋の夏季モンスーンによって発生するアラビア海の湧昇流は,深層の海水を海洋表層へ輸送しています。このときに輸送される海洋深層の低海水温及び富栄養な海水は,海洋表層の生態系や周辺の気候に大きな影響を与えます。 渡邊講師らの研究グループはアラビア海産の造礁性サンゴ*1の酸素安定同位体比*2やSr/Ca比*3(ストロンチウム/カルシウム比)を分析し,1,000年前から現在までの海水温・塩分変動を復元しました。その結果,近年の湧昇流は過去1,000年間と比べて弱くなっていることを解明しました。 このアラビア海の湧昇流の弱化傾向は,インド洋周辺の気候や漁業に影響をもたらすことが予想されます。 なお,本研究成果は, 2021年5月24日(月)公開のGeophysical Research Letters誌に掲載されました。

インド洋周辺の温暖化傾向

地図上の赤色地域では急速に温暖化しており,黄色地域では緩やかに温暖化していることを示す。地図上の星印はサンゴ試料を採取したマシラ島を示す。

【背景】

 インド洋では,季節によって風向きと強さが変わるモンスーンが重要な気象要素の一つです。アラビア海では,インド洋からインドに向かって吹く夏季モンスーンによって湧昇流が毎年発生します。湧昇流は,海洋深層から海洋表層へ冷たい海水や栄養塩を運ぶため,周辺の気候や海洋生態系に重大な影響をもたらします。

これまでの研究では,近年の地球温暖化によってユーラシア大陸がインド洋よりも急速に温暖化し,夏季モンスーンとアラビア海の湧昇流は強くなると考えられていました。一方で,実際の観測記録はインド洋が他地域よりも急速に温暖化しており(p.1.図),夏季モンスーンは弱化している可能性もあります。アラビア海における湧昇流の強弱傾向を検証するためには,海水温や栄養塩,塩分などの連続した観測記録が必要です。

しかしながら,本海域における長期的な海洋観測データは非常に限られており,過去から現在までの湧昇流の強弱傾向を明らかにすることは困難でした。そこで本研究では,過去の環境変化を月単位で復元できる造礁性サンゴ骨格を用いて,過去1,000年間におけるアラビア海の海水温・塩分変動を復元し,湧昇流の強弱傾向の変遷を復元しました。

【研究手法】

研究グループは,2016年にアラビア半島・オマーン国南部のマシラ島(p.1.図)で海岸に打ち上がった造礁性サンゴ群を発見し,このサンゴ群(化石サンゴ)および現生サンゴを研究室に持ち帰りました。化石サンゴにウランートリウム年代測定*4を用いたところ西暦1167〜1967年に生息したサンゴであることがわかりました。造礁性サンゴの骨格には樹木のように年輪が刻まれており(図1),過去の大気・海洋の環境変動が1週間〜1ヶ月間程度の細かい精度で記録されています。

図1. 本研究に使用した造礁サンゴのエックス線写真

白黒一対の年輪が見られる。赤線に沿って化学分析を実施した。図中の矢印はサンゴ骨格の成長方向,黒色またはグレー色のスケールバーは5cmを示す。

本研究では,2週間に相当する年輪ごとに区切って化学分析(酸素安定同位体比,Sr/Ca比)を行いました。さらに,サンゴ骨格中に記録された化学組成の変化からわかる塩分変動をもとに,過去の湧昇流の強さを復元しました。

【研究成果】

現生の造礁性サンゴ骨格試料から復元した塩分変動を解析したところ,アラビア海の湧昇流が発生した際に,海洋表層の塩分が低下していることがわかりました(図2)。これは,湧昇流によって深層から表層へ塩分が低い海水が湧き上がってくるために,サンゴが生息する海洋表層の塩分が低下することを示しています。また,塩分の低下幅は湧昇流の強さと相関していることがわかりました。

図2. 現生サンゴから得られた記録とアラビア海マシラ島周辺の塩分の深度分布

(a) 上図は衛星による海水温観測記録(黒線)とサンゴ骨格に記録されたSr/Ca比(赤線;海水温を反映),下図は鉛直混合の深さ(黒線;湧昇流のような深層と表層の海水循環を示す指標)とサンゴ骨格から復元した海水の酸素安定同位体比(青線;塩分を反映)を示す。(b) 赤線と青線はそれぞれ夏季と冬季の塩分の深度分布を示す。海洋表層では,冬季よりも夏季の塩分が低くなる(黒矢印)。水深200m程度の深さにある低塩分の海水が夏季の湧昇流によって湧き上がるために,海洋表層の塩分が低下する。

この結果をもとに,西暦1167〜1967年に生きていたサンゴの記録と比較しました。同様に,西暦1167〜1967年に生きていたサンゴ群(化石の造礁性サンゴ骨格試料)から塩分変化を復元したところ,現生サンゴから得られた記録と同じく,湧昇流が発生する季節に塩分低下が記録されていました(図3)。さらに,湧昇流の強度を示す塩分指標の低下幅を算出したところ,近年は過去1,000年間に比べて著しく小さいことがわかりました。

図3. 復元した塩分変動から算出した塩分の減少幅と北半球の気温変化

(a)現生サンゴと西暦1167〜1967年に生きていたサンゴ群(化石の造礁性サンゴ)に記録されていたSr/Ca比(赤線;海水温を反映)と復元した海水の酸素安定同位体比(青線;塩分を反映)を示す。(b)塩分指標である海水の酸素安定同位体比の減少幅(青線)と北半球の気温変化(黒線)を示す。西暦1167〜1967年の湧昇流の強度は安定している一方で,近年の湧昇流は弱まっているといえる。

これは,「近年にかけてアラビア海の湧昇流は強くなる」というこれまでの仮説とは逆に,「近年のアラビア海の湧昇流は弱化傾向にあった」ことを示唆しています。本研究で明らかとなったアラビア海の湧昇流の弱化傾向は,近年のインド洋における急激な温暖化とインド亜大陸における緩やかな温暖化(p.1.図)によって夏季モンスーンが弱化していることに起因すると考えられます。

【今後への期待】

本研究では造礁性サンゴ骨格を用いて古環境復元を行うことで,近年のアラビア海の湧昇流が弱化傾向にある証拠を世界で初めて発見しました。アラビア海の湧昇流は現在も続く温暖化に対して弱まり続ける可能性が高く,今後もインド洋周辺の気候や漁業に対して広く影響を及ぼすことが予想されます。

【用語解説】                                                                                                     

*1 造礁性サンゴ … サンゴの中でも,体内に褐虫藻(かっちゅうそう)と呼ばれる藻を共生させることで骨格の成長速度を速めている造礁性サンゴのこと。造礁性サンゴは,共生している褐虫藻が光合成で得たエネルギーを利用することで,骨格の成長速度を速めている。造礁性サンゴの骨格は炭酸カルシウムからなり,樹木の年輪のような骨格を形成する。この年輪に沿って化学分析を行うことで,1週間〜1ヶ月程度の細かい精度で古環境を復元できる。サンゴの死後,骨格が化石として保存されるため,サンゴが生きていた時代の古環境を復元できる。

*2 酸素安定同位体比 … 酸素には質量数16,17,18の3つの酸素安定同位体比が存在する。造礁性サンゴなどの炭酸カルシウム骨格は質量数16の酸素に対する質量数18の酸素の割合(酸素安定同位体比)が骨格形成時の水温や海水の酸素安定同位体比(塩分指標)に依存することが知られている。このため,海水温のみに依存する他の指標(例えばSr/Ca比)と組み合わせて検証することで海水の酸素安定同位体比(塩分指標)を復元できる。

*3 Sr/Ca比 … 造礁性サンゴ骨格中の陽イオンはほとんどカルシウムイオン(Ca2+)であるが,ごくわずかに別の元素も含まれている。たとえば,ストロンチムイオン(Sr2+)が造礁性サンゴ骨格に取り込まれる割合は,骨格形成時の海水温に依存することが知られているため,骨格中のSrとCaの比を検証することで,過去の海水温を調べることができる。

*4 ウランートリウム年代測定 … サンゴ骨格中のウランおよびトリウムの放射性同位体を用いた年代測定法。サンゴ骨格に取り込まれたウラン同位体がどれほどトリウムへと放射改変したかをもとに年代を推定する。

RESEARCH HIGHLIGHT

RESEARCH: 長生きの二枚貝が教えてくれる雪の記録

河川に住む長寿二枚貝カワシンジュガイから北海道尻別川流域の冬の積雪(雪解け水の量の変動)と北半球の気候変動との関連について議論した論文が出版されました。15年前に始まったこの研究は、私の同期・後輩が面白い結果をたくさん残しています。何とかデータを世に出したいと、論文の執筆に参加させてもらいました。

サンゴ礁で研究していた私は、北海道で川をカヌーや流されながら調査する様子や、大学からすぐに調査に行けちゃう環境にも憧れていました。川底から顔を出すカワシンジュガイたちはとても可愛いけれど、みんなご長寿で、貴重な河川環境を記録しています。絶滅危惧Ⅱ類ともなっておりますので、もし見つけたら、長生きしてねと声をかけるだけにしてあげてください。

論文はこちら!

Watanabe, T., M. Suzuki, Y. Komoto, K. Shirai, and A. Yamazaki (2021) Daily and annual shell growth in a long-lived freshwater bivalve as a proxy for winter snowpack, Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 569, 110346. 

https://doi.org/10.1016/j.palaeo.2021.110346

#カワシンジュガイ#二枚貝#河川#尻別川#北海道#地球環境#気候変動#北海道大学#九州大学#喜界島サンゴ礁科学研究所

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RESEARCH: サンゴ骨格のBa/Ca比が光量で変化することを発見!

サンゴ骨格のBa/Ca比の光依存性を発見した論文がChemical Geologyに掲載されました。

Yamazaki, A., Yano, M., Harii, S., Watanabe, T., 2021. Effects of light on the Ba/Ca ratios in coral skeletons. Chem. Geol. 559, 119911. doi: 10.1016/j.chemgeo.2020.119911

https://doi.org/10.1016/j.chemgeo.2020.119911

やのさんの卒論として瀬底島での稚サンゴの飼育実験が始まり、研究室のみんなの協力を得て出た結果です。

30年以上も栄養塩の指標として使われてきたBa/Ca比ですが。天然ではキャリブレーションの難しい指標でもあります。なんで光依存するのかは、まだまだ不思議ですが、いっぱい議論してもらえる論文になると良いです。

#九州大学#理学部#地球惑星科学#サンゴ#サンゴ礁地球環境学#北海道大学#喜界島サンゴ礁科学研究所#琉球大学#瀬底島#喜界島

#coral#juvenile#coralreef#coralskeleton#barium#CREES#geochemistry#geoscience

RESEARCH HIGHLIGHT

HIGHLIGHT:サンゴ骨格中からスマトラ島沖大地震の痕跡を発見 ~新たな古地震記録計の確立に向けて~

 2004、2005年に発生したスマトラ島沖大地震に伴う海底の隆起と津波を示す複数のシグナルを、サンゴ骨格中の古環境復元指標から検出し、地震等によるサンゴの生息環境の変化と骨格成長への影響を明らかにしました。
 インドネシア・スマトラ島沖では、過去数百年間にマグニチュード(M)7以上の巨大地震が繰り返し発生しています。海溝型地震では、海底(または地表)の隆起と津波を伴うことがあり、2004、2005年に発生したスマトラ島沖地震でも同様に、震源周辺の島で数m規模の隆起や巨大津波が発生しました。スマトラ島沖は豊かなサンゴ礁が広がっており、このような地震イベントは造礁性サンゴの生息環境にも影響を与えたと考えられます。これまで、過去の地震イベントの検出やサンゴ礁への影響評価は,津波堆積物の分析やサンゴ礁のモニタリングなどにより行われてきましたが、地震イベント発生前後のサンゴ礁環境とサンゴの成長応答の詳細は明らかになっていませんでした。
 インドネシア・シメル島産の造礁性サンゴ骨格を用いて、骨格中の炭素安定同位体比や骨格成長を分析した結果、2004、2005年のスマトラ島沖地震の発生を示す複数のシグナルを検出し、地震に伴う隆起・津波イベントがサンゴの生息環境に与えた変化と骨格成長への影響を明らかにしました。今後は、本研究の手法を化石サンゴ骨格に応用することで、より古い時代の地震イベントにおけるサンゴ礁環境の変化を捉えることができると期待されます。
 なお、本研究成果は2020年1月24日(金)公開のGeochimica et Cosmochimica Acta誌に掲載されました。

九州大学プレスリリース:https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/424

論文:Coral geochemical signals and growth responses to coseismic uplift during the great Sumatran megathrust earthquakes of 2004 and 2005 ,Geochimica et Cosmochimica Acta,
10.1016/j.gca.2020.01.037

NEWS

九大理学部ニュースに研究成果を掲載していただきました!

サンゴから古気候記録を読み取る方法についても、とても分かりやすく解説していただいてます。

ぜひご覧ください!

九州大学理学部HP トップページ:
https://www.sci.kyushu-u.ac.jp/

紹介記事「サンゴ化石の古気候記録が語るメソポタミア文明の消長(2019年12月18日)」
https://www.sci.kyushu-u.ac.jp/koho/qrinews/qrinews_191218.html

九大理学部ニュースTwitter:
https://twitter.com/qrinews/status/1207114263434653696

RESEARCH HIGHLIGHT

HIGHLIGHT:アッカド帝国崩壊の原因をサンゴの化石から解明 〜サンゴの化石から復元した月単位の古気候記録の証拠〜

本結果は以下の論文に掲載されました。

Watanabe T. K., Watanabe T., Yamazaki A. and Pfeiffer M. (2019) Oman corals suggest that a stronger winter shamal season caused the Akkadian Empire (Mesopotamia) collapse, Geology

Available at: https://doi.org/10.1130/G46604.1.

西アジアのチグリス・ユーフラテス川流域で発達したメソポタミア文明では,約 4,600 年前に初の 帝国であるアッカド帝国が建国されました(図 1)。この帝国は,冬の雨季を利用した天水・灌漑農業を 発展させ繁栄していましたが,建国から約 400 年後の 4,200 年前に崩壊してしまいます。

これまでに,考古調査と堆積物の柱状試料や鍾乳石を用いた古気候復元の結果では,帝国の崩壊には 乾燥化が影響したことが示唆されています。一方で,この乾燥化の気候のメカニズムやメソポタミア 地域の社会への影響は解明できていませんでした。

そこで,研究グループは月以上の時間解像度で古気候を復元できる化石の造礁サンゴ骨格に注目し, 化石造礁サンゴの骨格から季節ごとに古気候を復元しました。化石から復元した気候変動と,現在も 生きている造礁サンゴから復元した現在の気候変動と比較することで,帝国が崩壊した時代の気候と, その社会への影響を検討しました。

図 1.試料の採取場所(星印)。白×印はアッカド帝国の首都の役割を担っていたとされる都市 (テル-レイラン)の場所を示す。

【研究手法】

研究グループは,アラビア半島,オマーン北西部の沿岸で造礁性サンゴの化石群を発見しました (1 ページ目写真)。このサンゴ化石を研究室に持ち帰り,放射性炭素年代測定*4 を用いたところ, 約 4,100 年前を含む 4,500〜2,900 年前に生息したサンゴであることがわかりました。また,2 週間に 相当する年輪ごとに区切って化学分析(酸素安定同位体比,Sr/Ca 比)を行いました(図 2(A))。 サンゴの骨格には,樹木のように年輪が刻まれており,過去の大気・海洋の環境変動が 1 週間〜1 ヶ月 間程度の細かい精度で記録されています。

さらに,サンゴ骨格中の化学組成の変化からわかる海水温・塩分変動を基に,アッカド帝国が崩壊 した時代の気候変動を復元しました。このようにサンゴ化石から復元した気候変動を,現生サンゴから わかる現在の気候変動及び観測記録と比較しました。

図 2.(A)化石サンゴから分析した各時代における酸素同位体比と Sr/Ca 比。 (B)化石サンゴから復元した冬の気候とアッカド帝国周辺の遺跡の面積。化石サンゴは約 4,100 年前の気候イベントを記録しており,約 4,200 年前にアッカド帝国 周辺の遺跡の面積が減少している。

【研究成果】

約 4,100 年前の化石サンゴには,他の時代と比べてオマーン北西部の気候が冬に寒冷であったことが 記録されていました(図 2(B))。この約 4,100 年前の冬の異常気象は,2〜3 ヶ月間程度継続していま した。しかし,冬の異常気象は約 4,100 年前以降には確認されず,現在に似た気候であったと考えられ ます。また,現生の造礁性サンゴ骨格の柱状試料から復元した過去 26 年間の冬の海水温・塩分変動を 解析したところ,西アジアの地域風(シャマール)が冬に頻発するほど,オマーン北西部は冬に寒冷で 低塩分化することがわかりました(図 3)。シャマールは西アジア地域からアラビア半島に吹き下す 風で,西アジア地域の乾燥を深刻化させ,砂嵐を引き起こします。

現生サンゴの記録との比較から,アッカド帝国が崩壊していた約 4,100 年前は,冬にシャマールの 頻度が増大していたことが示唆されました。冬のシャマールの頻発によって発生するメソポタミア地域 の乾燥化と砂嵐は,冬の雨季に農業を営むアッカド帝国の社会・農業システムに深刻な影響を与えたと 考えられ,具体的には乾燥に伴う農業の困難化と飢饉の発生や,砂嵐の多発による健康被害の発生など が挙げられます。この結果,アッカド帝国は死亡率と移民の増加により崩壊へとつながったと考えられ ます。この約 4,100 年前の冬の異常気象は,約 3,600 年前には収束しており,安定した気候となった メソポタミア地域では再び繁栄が始まりました。

【今後への期待】

本研究では,季節ごとの高い時間解像度をもつサンゴの古気候記録を基に,気候変動が古代文明と その社会に与える影響を解明することに成功しました。季節変動は人類の生活(農業など)に直結する 気候変動であるため,サンゴ記録と考古学との学際的な研究は,気候変動が過去・現在の社会にどの ように寄与するかを解明する一歩になると期待されます。

図3.オマーン北東部で採取された現生サンゴから復元した冬の気候とシャマールの発生頻度。シャ
マールが発生するほど,寒冷になる傾向にある。現在の気候において,シャマールが引き起こす  
砂嵐や乾燥化が中東地域の農業生産・健康被害に影響を与えることが指摘されている。

【用語解説】

*1 造礁性サンゴ … サンゴの中でも,体内に褐虫藻と呼ばれる藻を共生させることで骨格の成長

速度を速めているサンゴのこと。造礁性サンゴは,共生している褐虫藻が光合成で得たエネルギーを 利用することで,骨格の成長速度を速めている。造礁性サンゴの骨格は炭酸カルシウムからなり, 樹木の年輪のような骨格を形成する。この年輪に沿って化学分析を行うことで,1 週間〜1 ヶ月程度 の細かい精度で古環境を復元できる。サンゴの死後,骨格が化石として保存されるため,サンゴが 生きていた時代の古環境を復元できる。

*2 酸素安定同位体比 … 酸素には質量数 16,17,18 の 3 つの酸素安定同位体比が存在する。造礁性 サンゴなどの炭酸カルシウム骨格は,質量数 16 の酸素に対する質量数 18 の酸素の割合(酸素同位体 比)が骨格形成時の水温や海水の酸素同位体比(塩分指標)に依存することが知られている。この ため,海水温のみに依存する他の指標(例えば Sr/Ca 比)と組み合わせて検証することで海水の酸素 同位体比(塩分指標)を復元できる。

*3 Sr/Ca 比 … 造礁性サンゴ骨格中の陽イオンはほぼカルシウムイオン(Ca2+)であるが,ごくわず かに別の元素も含まれている。例えば,ストロンチウムイオン(Sr2+)が造礁性サンゴ骨格に取り 込まれる割合は,骨格形成時の海水温に依存することが知られているため,骨格中の Sr と Ca の比を 検証することで,過去の海水温を調べることができる。

*4 放射性炭素年代測定 … 多くの動物・植物が体内に持つ炭素の放射性同位体を用いた年代測定法。 生物の死後に新たな炭素の供給が止まり,放射性炭素同位体が一定の半減期で存在比率が減少して いく。この性質を利用し,化石や考古遺物に残った放射性炭素同位体の量から年代を算出する手法。

NEWS

Mesophotic Coral Ecosystems, Part of the Coral Reef of the World book series, has been published!

Mesophotic Coral Ecosystem (深場のサンゴ生態系)についてまとめられた書籍が出版されました。渡邊、山崎ほかが執筆した章では、深場の造礁サンゴが記録する代謝と環境について議論しています。サンゴ生態系のフロンティアである深場について、最先端の研究成果がまとめて読めちゃう1冊です。

書籍はこちら!
https://link.springer.com/book/10.1007/978-3-319-92735-0

Chapter: Coral Sclerochronology: Similarities and Differences in the Coral Isotopic Signatures Between Mesophotic and Shallow-Water Reefs
https://link.springer.com/chap…/10.1007/978-3-319-92735-0_36

NEWS, RESEARCH HIGHLIGHT

NEWS:「地球化学」に論文が掲載されました

2017年度日本地球化学会奨励賞受賞記念論文「造礁サンゴ骨格の窒素同位体比指標」が和文誌「地球化学」に掲載されました。

これまでの窒素同位体比を用いた研究を総説としてまとめることができました。

オープンアクセスですので、どなたでもご覧いただけます。読んでいただければ嬉しいです。

論文へのリンクはこちら↓

山崎 敦子 (2019) 造礁サンゴ骨格の窒素同位体比指標, 地球化学, 53 巻, 1 号, p. 1-12

Abstract: Marine nitrogen cycle and its transition control primary production, and therefore contribute to the concentration of atmospheric carbon dioxide, which is the essential information to understand the biogeochemical cycle and the global climate system. However, the spatial and continuous observation of nitrogen dynamics at surface ocean has been scarce. Reef coral skeleton could be used to reconstruct past nutrient dynamics in tropical and subtropical ocean with decades to millennia. Nitrogen isotope of organic matter in the coral skeleton could vary with change in nitrogenous sources and mainly capture nitrogen isotopes of marine nitrate. In this paper, I reviewed the progress of nitrogen isotope proxy in reef coral skeletons together with the introduction of our studies. Nitrogen isotopes in reef coral skeletons can be a high-resolution recorder of nitrate dynamics in oligotrophic ocean.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/chikyukagaku/53/1/53_1/_article/-char/ja/https://www.jstage.jst.go.jp/article/chikyukagaku/53/1/53_1/_article/-char/ja/

RESEARCH HIGHLIGHT

HIGHLIGHT: 地球温暖化停滞時におけるインド洋ダイポール現象の変化を復元

数年周期で,西インド洋では多雨・温暖化,東インド洋では乾燥・寒冷化することが知られており,この変化を引き起こす現象をインド洋ダイポール現象といいます。インド洋ダイポール現象は,数年周期で発生するインド洋での大気と海洋の相互作用で,発生するとインド洋周辺諸国で干ばつ,山火事,洪水などの重大な影響を及ぼします(図1)。

図1.インド洋ダイポール現象発生時の海水温偏差(偏差:平均値との差)と降水量偏差。赤い地域では平年よりも海水温が高く,降水量が少ないことを示す(★印は本研究の試料採取地)。

これまでに,インド洋の造礁性サンゴ記録を用いた研究で,20世紀の地球温暖化に伴ってインド洋ダイポールの発生頻度は増加し,西インド洋の多雨・温暖化,東インド洋の乾燥・寒冷化が激化していたことが明らかになっています。一方で,近年の気温・海水温観測では,1990年代後半から2015~2016年までの間に地球温暖化が停滞していたことが明らかになり,太平洋やインド洋など広い範囲で気温や降水量に影響を与えたことが示唆されています。地球温暖化の停滞現象は,インド洋ダイポール現象を停滞させていた可能性がありました。

そこで、北西インド洋のオマーン湾に生息する造礁性サンゴ群体から,長さ71cmの骨格柱状試料を採取し,2週間に相当する年輪ごとに区切って化学分析(酸素安定同位体比,Sr/Ca比) を行いました(図2)。サンゴの骨格には樹木のように年輪が刻まれており,過去の大気・海洋の環境変動が1週間〜1ヶ月間程度の細かい精度で記録されています。サンゴ骨格中の化学組成の変化からわかる海水温・塩分変動を基に,地球温暖化の停滞現象,北西インド洋オマーン湾の気候及びインド洋ダイポール現象の関係を調査しました。

図2.採取したサンゴの骨格柱状試料の軟X線画像。白線部位から粉末試料を採取し,化学分析に使用した。

造礁性サンゴ骨格の柱状試料には,過去26年間の海水温・塩分変動が記録されていました(図3)。この記録を検証した結果,1996年に海水温の平均値の減少(レジームシフト)と,1999年に塩分の平均値の減少が確認されました。この平均値の減少時期は,地球温暖化の開始時期に一致しており,この影響を受けたと考えられます。

図3.観測記録とサンゴ骨格の化学分析記録。
(a)全地球(全球)の表層気温。1999年までは気温は温暖化傾向にあるのに対し,1999年以降は
温暖化傾向は確認されない。
(b)サンゴ骨格のSr/Ca比から復元した海水温変動。サンゴ骨格は海水温の季節変動を正確に反映するため,Sr/Ca比の変動を参考にして,他の指標に日付をつけることができる。赤線は海水温変動がレジームシフトした時期を統計的に示すための指標(レジームシフト指数)を示す。
(c)サンゴ骨格の酸素同位体比及びSr/Ca比から計算した海水の酸素同位体比。海水の酸素同位体比は塩分のみの指標となる。赤線は塩分変動のレジームシフト指数を示す。
(d)インド洋ダイポール現象の指数。値が高い時にインド洋ダイポール現象が発生していたことを示す。
(e)東西インド洋の海水温変動。東西インド洋の海水温差からインド洋ダイポール現象の指数を算出する。

次に,地球温暖化の停滞前後において,インド洋ダイポール現象発生の有無による北西インド洋オマーン湾の海水温・塩分の季節変化の違いを検討しました(図4)。その結果,地球温暖化中はインド洋ダイポール現象が発生した年の夏よりも,発生していない年の夏の方が塩分・海水温が低いことがわかりました。これは地球温暖化の停滞時には確認されませんでした。また,1999年以前の地球温暖化時において,活発だったインド洋ダイポール現象の発生に合わせて,西インド洋の海水温が変化していました。この海水温の変化がインド洋モンスーン*4を介してオマーンへと伝わったと考えられます(図5)。

図4.地球温暖化傾向中及び地球温暖化停滞中のインド洋ダイポール現象発生年・翌年(赤線)とそれ以外の年(通常年:青線)の海水温(上図)と塩分(下図)の季節変動の平均を示す。地球温暖化中において,インド洋ダイポール現象発生年の方が通常年よりも海水温塩分変動が高く(青網部),地球温暖化の停滞中にはこれが確認されなくなる。
図5.地球温暖化の停滞がインド洋ダイポール現象とオマーン産サンゴ記録に与えるメカニズム。 い地域ほど海水温が高く,青い地域ほど低いことを示す。
上図:地球温暖化傾向中を示し,インド洋ダイポール現象の状態の変化に合わせて,西インド洋の海水温は変化していた。インド洋モンスーンも強弱を変化させていた。このため,インド洋ダイポール現象時のオマーンの夏の海水温・塩分は低下していた。
下図:地球温暖化の停滞中には,地球温暖化を停滞させた要因ある太平洋の大規模な大気海洋の相互作用(太平洋数十年規模振動)がインド洋-太平洋の赤道上の東西方向の風循環(ウォーカー循環)を介して伝わり,西インド洋の湧昇流が活発になったと考えられる。西インド洋で湧昇流が活発になった結果,インド洋ダイポール現象の状態にかかわらず西インド洋の海水温は低下していた。この結果,インド洋モンスーンは恒常的に強くなったためにオマーンの夏の海水温・塩分はインド洋ダイポール現象の状態にかかわらず低かった。

一方で,地球温暖化停滞時は,インド洋ダイポール現象の発生の有無にかかわらず,インド洋モンスーンは強い状態を維持しており,西インド洋の海水温は低かったと考えられます。このことから,地球温暖化の停滞時に,西インド洋の海水温がインド洋ダイポール現象と独立して変動し,低下していたことが明らかになりました。

近年では地球温暖化の停滞が終わり,再び温暖化傾向にあると考えられています。過去の表層気温が異なる時代に本研究を応用することで,インド洋の気候変動メカニズムへの理解が深まることが期待されます。

本研究の成果は、以下の学術誌に掲載されました。

Watanabe, T.K., Watanabe, T., Yamazaki, A., Pfeiffer, M., Claereboudt, M. R. (2019) Oman coral δ18O seawater record suggests that Western Indian Ocean upwelling uncouples from the Indian Ocean Dipole during the global-warming hiatus, Scientific Reports, 9, 1887.