RESEARCH HIGHLIGHT

RESEARCH:地球温暖化によってアラビア海の湧昇流が弱まっている

Watanabe, T. K., T. Watanabe, M. Pfeiffer, H.M. Hu, C.C. Shen, A. Yamazaki (2021) Corals Reveal an Unprecedented Decrease of Arabian Sea Upwelling During the Current Warming Era, Geophysical Research Letters, Volume 48 (10), e2021GL092432, https://doi.org/10.1029/2021GL092432

概要                    

北海道大学大学院理学研究院及び喜界島サンゴ礁科学研究所,総合地球環境学研究所の渡邊 剛講師,九州大学大学院理学研究院及び喜界島サンゴ礁科学研究所の山崎敦子助教,北海道大学大学院理学院博士後期課程の渡邉貴昭ら(執筆当時)の研究グループは,過去1,000年間と比べて現在のアラビア海の湧昇流が弱まっていることを発見しました。 インド洋の夏季モンスーンによって発生するアラビア海の湧昇流は,深層の海水を海洋表層へ輸送しています。このときに輸送される海洋深層の低海水温及び富栄養な海水は,海洋表層の生態系や周辺の気候に大きな影響を与えます。 渡邊講師らの研究グループはアラビア海産の造礁性サンゴ*1の酸素安定同位体比*2やSr/Ca比*3(ストロンチウム/カルシウム比)を分析し,1,000年前から現在までの海水温・塩分変動を復元しました。その結果,近年の湧昇流は過去1,000年間と比べて弱くなっていることを解明しました。 このアラビア海の湧昇流の弱化傾向は,インド洋周辺の気候や漁業に影響をもたらすことが予想されます。 なお,本研究成果は, 2021年5月24日(月)公開のGeophysical Research Letters誌に掲載されました。

インド洋周辺の温暖化傾向

地図上の赤色地域では急速に温暖化しており,黄色地域では緩やかに温暖化していることを示す。地図上の星印はサンゴ試料を採取したマシラ島を示す。

【背景】

 インド洋では,季節によって風向きと強さが変わるモンスーンが重要な気象要素の一つです。アラビア海では,インド洋からインドに向かって吹く夏季モンスーンによって湧昇流が毎年発生します。湧昇流は,海洋深層から海洋表層へ冷たい海水や栄養塩を運ぶため,周辺の気候や海洋生態系に重大な影響をもたらします。

これまでの研究では,近年の地球温暖化によってユーラシア大陸がインド洋よりも急速に温暖化し,夏季モンスーンとアラビア海の湧昇流は強くなると考えられていました。一方で,実際の観測記録はインド洋が他地域よりも急速に温暖化しており(p.1.図),夏季モンスーンは弱化している可能性もあります。アラビア海における湧昇流の強弱傾向を検証するためには,海水温や栄養塩,塩分などの連続した観測記録が必要です。

しかしながら,本海域における長期的な海洋観測データは非常に限られており,過去から現在までの湧昇流の強弱傾向を明らかにすることは困難でした。そこで本研究では,過去の環境変化を月単位で復元できる造礁性サンゴ骨格を用いて,過去1,000年間におけるアラビア海の海水温・塩分変動を復元し,湧昇流の強弱傾向の変遷を復元しました。

【研究手法】

研究グループは,2016年にアラビア半島・オマーン国南部のマシラ島(p.1.図)で海岸に打ち上がった造礁性サンゴ群を発見し,このサンゴ群(化石サンゴ)および現生サンゴを研究室に持ち帰りました。化石サンゴにウランートリウム年代測定*4を用いたところ西暦1167〜1967年に生息したサンゴであることがわかりました。造礁性サンゴの骨格には樹木のように年輪が刻まれており(図1),過去の大気・海洋の環境変動が1週間〜1ヶ月間程度の細かい精度で記録されています。

図1. 本研究に使用した造礁サンゴのエックス線写真

白黒一対の年輪が見られる。赤線に沿って化学分析を実施した。図中の矢印はサンゴ骨格の成長方向,黒色またはグレー色のスケールバーは5cmを示す。

本研究では,2週間に相当する年輪ごとに区切って化学分析(酸素安定同位体比,Sr/Ca比)を行いました。さらに,サンゴ骨格中に記録された化学組成の変化からわかる塩分変動をもとに,過去の湧昇流の強さを復元しました。

【研究成果】

現生の造礁性サンゴ骨格試料から復元した塩分変動を解析したところ,アラビア海の湧昇流が発生した際に,海洋表層の塩分が低下していることがわかりました(図2)。これは,湧昇流によって深層から表層へ塩分が低い海水が湧き上がってくるために,サンゴが生息する海洋表層の塩分が低下することを示しています。また,塩分の低下幅は湧昇流の強さと相関していることがわかりました。

図2. 現生サンゴから得られた記録とアラビア海マシラ島周辺の塩分の深度分布

(a) 上図は衛星による海水温観測記録(黒線)とサンゴ骨格に記録されたSr/Ca比(赤線;海水温を反映),下図は鉛直混合の深さ(黒線;湧昇流のような深層と表層の海水循環を示す指標)とサンゴ骨格から復元した海水の酸素安定同位体比(青線;塩分を反映)を示す。(b) 赤線と青線はそれぞれ夏季と冬季の塩分の深度分布を示す。海洋表層では,冬季よりも夏季の塩分が低くなる(黒矢印)。水深200m程度の深さにある低塩分の海水が夏季の湧昇流によって湧き上がるために,海洋表層の塩分が低下する。

この結果をもとに,西暦1167〜1967年に生きていたサンゴの記録と比較しました。同様に,西暦1167〜1967年に生きていたサンゴ群(化石の造礁性サンゴ骨格試料)から塩分変化を復元したところ,現生サンゴから得られた記録と同じく,湧昇流が発生する季節に塩分低下が記録されていました(図3)。さらに,湧昇流の強度を示す塩分指標の低下幅を算出したところ,近年は過去1,000年間に比べて著しく小さいことがわかりました。

図3. 復元した塩分変動から算出した塩分の減少幅と北半球の気温変化

(a)現生サンゴと西暦1167〜1967年に生きていたサンゴ群(化石の造礁性サンゴ)に記録されていたSr/Ca比(赤線;海水温を反映)と復元した海水の酸素安定同位体比(青線;塩分を反映)を示す。(b)塩分指標である海水の酸素安定同位体比の減少幅(青線)と北半球の気温変化(黒線)を示す。西暦1167〜1967年の湧昇流の強度は安定している一方で,近年の湧昇流は弱まっているといえる。

これは,「近年にかけてアラビア海の湧昇流は強くなる」というこれまでの仮説とは逆に,「近年のアラビア海の湧昇流は弱化傾向にあった」ことを示唆しています。本研究で明らかとなったアラビア海の湧昇流の弱化傾向は,近年のインド洋における急激な温暖化とインド亜大陸における緩やかな温暖化(p.1.図)によって夏季モンスーンが弱化していることに起因すると考えられます。

【今後への期待】

本研究では造礁性サンゴ骨格を用いて古環境復元を行うことで,近年のアラビア海の湧昇流が弱化傾向にある証拠を世界で初めて発見しました。アラビア海の湧昇流は現在も続く温暖化に対して弱まり続ける可能性が高く,今後もインド洋周辺の気候や漁業に対して広く影響を及ぼすことが予想されます。

【用語解説】                                                                                                     

*1 造礁性サンゴ … サンゴの中でも,体内に褐虫藻(かっちゅうそう)と呼ばれる藻を共生させることで骨格の成長速度を速めている造礁性サンゴのこと。造礁性サンゴは,共生している褐虫藻が光合成で得たエネルギーを利用することで,骨格の成長速度を速めている。造礁性サンゴの骨格は炭酸カルシウムからなり,樹木の年輪のような骨格を形成する。この年輪に沿って化学分析を行うことで,1週間〜1ヶ月程度の細かい精度で古環境を復元できる。サンゴの死後,骨格が化石として保存されるため,サンゴが生きていた時代の古環境を復元できる。

*2 酸素安定同位体比 … 酸素には質量数16,17,18の3つの酸素安定同位体比が存在する。造礁性サンゴなどの炭酸カルシウム骨格は質量数16の酸素に対する質量数18の酸素の割合(酸素安定同位体比)が骨格形成時の水温や海水の酸素安定同位体比(塩分指標)に依存することが知られている。このため,海水温のみに依存する他の指標(例えばSr/Ca比)と組み合わせて検証することで海水の酸素安定同位体比(塩分指標)を復元できる。

*3 Sr/Ca比 … 造礁性サンゴ骨格中の陽イオンはほとんどカルシウムイオン(Ca2+)であるが,ごくわずかに別の元素も含まれている。たとえば,ストロンチムイオン(Sr2+)が造礁性サンゴ骨格に取り込まれる割合は,骨格形成時の海水温に依存することが知られているため,骨格中のSrとCaの比を検証することで,過去の海水温を調べることができる。

*4 ウランートリウム年代測定 … サンゴ骨格中のウランおよびトリウムの放射性同位体を用いた年代測定法。サンゴ骨格に取り込まれたウラン同位体がどれほどトリウムへと放射改変したかをもとに年代を推定する。

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